◇アルトネリコサミット2011【第5回】
「アルトネリコシリーズのシナリオ」についての回答◇
 
みなさん、こんにちは、土屋です。
今回のサミットは、シナリオに関する返答の1回目となります。シナリオのテー マでは、前回のシステムよりも更に濃い御意見を多数戴くことがで来ました。そ れにより、様々な気づきもありました。本当にありがとうございます。

さて、このテーマは前回セッション(システムについて)以上にじっくりと対話 をしていきたいと思いまして、今回は3件のみの回答となります。また今回は、 更に投票システムを置いております。この投票結果に対して何らかの返答をする 事は無いかとは思いますが、もしよろしければご投票いただければ、今後の参考 に出来るかと思います。どうかご協力お願いします!

次回もまた、今回の続き、4個目以降の起案について、お返事致したいと思いま す。 まだ大元の議題に投票されていない方は、前回の投票ページにて投票してくださ い。
尚、今回も新規起案は応募受付致しておりませんので、予めご了承下さい。

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じめまして。いつも楽しく、興味深く拝見させていただいております。
イベント演出面において、3は「楽曲とイベントとの掛け合いや盛り上げ」が生かされていないように思いました。
2におけるクローシェの演説シーンや、インプランタを謳うシーンでは、演出と楽曲が日王にマッチしていたと思います。3ではその部分に関し、魅せることができていなかったのではないかと思います。
そしてストーリーですが、「最終話が前話より薄い」という印象がありました。
3は惑星を救うという、とても壮大な物語になっています。しかし、そのわりには「パーティメンバー及びその周辺の人物」しか物語に関わっていなかったように感じます。「世界」に対し、立ち向かうのが「個人」になりすぎているのです。もちろんRPGですし最終的にそうなるのはわかりますが、事の大きさを表現しきれていなかったのではと思います。
前作の2で、メタファルスの民はが全員で詩を謳い、メタファリカを実現させました。それはそれだけ世界にとって重大な事件が起こっているのだと印象付けられました。それに比べ、規模が確証しているように感じられるのです。
前作が壮大なこともあり、3はストーリー的に食われてしまっている印象です。
ストーリの流れ上、仕方がないところももちろんありますが、以上が個人的に惜しいと感じてしまった部分です。
勝手な乱文、失礼いたしました。
(yasuken)
同意です 172票
一部同意です 31票
異なる意見を持っています 5票
 
この議題からは、皆さんの貴重な御意見を沢山戴くことがで来ました。沢山の熱意ある発言を、本当にありがとうございます! 皆さんの御意見の中でも、特に気になったもの、参考になった御意見について、ピックアップしてみたいと思います。
御意見の中で、大勢の方から戴いているものを大分すると、「物語が軽い、民衆との一体感が無く、壮大な感じがしない、ココナの応援イベントに感情移入出来ない」という件、「最終章である3だからこそ不満がある」という件、「モデルモーションと演出が弱い」という件、「ヒュムノスと物語の関連性が弱くなった」という件、「主人公が凡人になってしまった」という件、そして「惑星再生が唐突すぎ」という件などがありました。
 
▼物語が軽い、民衆との一体感が無い
アルトネリコ3は、前作の2と全く正反対のコンセプトで制作を進めておりました。それは具体的には、2では「世界」にスポットを当てた作品として、そして3では「主人公とヒロイン」にスポットを当てた作品として、です。
アルトネリコ3制作時の反省点として、「世界事象に比重を置くこと、家族というコンセプトを徹底すること」という方向に注力する余り、シリーズコンセプトである「主人公とヒロインの絆」がかなり薄味になってしまっていた、というものがありました。
2では「主人公とヒロインの絆」を期待していただいていたファンの皆様の期待を裏切る結果となってしまった為、3では「原点回帰」ということで、アルトネリコ1と同じく、主人公とヒロインの絆というコンセプトを突き詰める形で進行したわけです。
恐らく今回の一番のポイントは、どなたかの御意見にも有りましたが、「主人公とヒロインの絆」に戻したことというよりも、「物語でやりたいこと」と「コンセプトとしてやりたいこと」が衝突していた為ではないかと考えております。
「物語でやりたいこと」は「世界再生」という、人類全てを巻き込む壮大なものであり、「コンセプトとしてやりたいこと」は「主人公とヒロインの絆」という、最も身近で小さな単位を深く掘り下げるものであったわけです。
2は前者で統一されていたため、1のつもりでプレイした方は違和感があったのだろうと思いますし、3は更にその2から、半分だけ1に戻してしまったが為に、更に不完全燃焼な方を増やしてしまったのだろうとも考えております。
この点は皆さんからの御意見からの気づきでした。ありがとうございます。
 
▼最終章である3だからこそ不満
こちらも多かった回答です。3作目でかつ最終章という事もあり、惑星再生を目指すからには2よりも壮大な物語を期待され、それによってこの結論に至っているのだろうと思います。1つ上の回答の延長線上とも言えるでしょう。
 
▼モデルや演出が弱い、ヒュムノスと物語の関連が弱い
恐らく、演出面を指摘される方の多くが、ヒュムノスを謳うシーンに対する不満なのではないかと考えております。この件も、様々な要因が絡んでの不満があるのかと思いますが、シナリオ・脚本サイドとして気づける点としては「ヒュムノスの明確な提示」をしなかったことに起因すると考えます。
改めて思い返してみれば、アルトネリコ1では物語の節目として、2でもヒュムネクリスタルが物語の中核を担っていたわけですが、3では「事件の中にヒュムノスが有る」という感覚があるのは否めません。
この御意見から、皆さんがいかに「目的を持ってヒュムノスを集め、そして苦労して手に入れたヒュムノスを満を持して謳うこと」を楽しみにしていたかを垣間見ることが出来ました。
確かにアルトネリコという作品は、ヒュムノスの存在をまず知り、それについて「どんな詩なのかな」と期待を膨らませながらエピソード(途中シナリオ)を楽しみ、そして実際にそれが謳われ、今までの物語や冒険に思いを馳せながら気持ちを高揚させる…といった流れを楽しむところがあるのかもしれません。
少なくとも私は、今自分で想像しながら「確かにワクワクするな」と思っています。皆さんはどうでしょうか?
ヒュムノスの楽しみ方
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まあ、そうかもしれないね
   17(13%)
そうだ!これだ!!
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「3の演出が弱い」という御意見の裏側には、こういった核心的な要素が潜んでいるのかもしれません。皆さんとの対話によって色々な発見が有ることを、本当に嬉しく思います。
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はアルトネ2のシナリオが好きです。
2のシナリオではヒロインが失意のどん底にまで落ちるシーンがあります。
理想郷創造の唯一の方法であるメタファリカが不完全だったため、ヒロインが一度命を落とし、魔大陸による殺戮で民衆の支持を失い、復活した時には大地の崩落は進行していて、食い止める方法は失ってしまったし、民衆はハイバネーションに気持ちが逃げていて、ヒロイン自身は人殺しの汚名を負っていて自信も失って…。
自分がこの立場だったら逃げ出したくなる状況ですが、ここから劇的にハッピーエンドまで駆け上るところが2のシナリオの良さだと思います。
1度ピンチ(手詰まり)になって、そこから立ち直るというふうに緩急をつけるのは、ベタですけど効果的で、アルトネ3には活かされなかったのは残念でした。
(おくなが)
一部同意です 103票
同意です 51票
異なる意見を持っています 24票
 
この起案に対しては、一部同意、という方が最も多くいらっしゃいました。とはいっても、程度の差のようなものですから、殆どの方は「概ねそう感じている」という事になります。
それでは、アルトネリコ2にはそういったシーンが多く存在し、3には存在しなかったのか、というと、実際はどちらもそういったシーンは存在します(私自身がどん底から駆け上がるシナリオが大好きですので)。
ただ、3では確かに、明確に表現できていなかったことは否めません。例えば、抗体があふれ出て来るシーンなどは「アルファージ>ヴィーベイスミーラ>抗体出現」という最強の山場要素が揃いながらも、それによって世界がどれ程壊滅的になったかを描くのが不十分であったと思っております。
アルトネリコ2で言えば、「レプレキア>ラキ出現」や「エグゼクメタファリカ>魔大陸出現」といったところが、対応するシーンとして挙げられるでしょう。私見としては、確かに2のシーンの方が盛り上がっていたように感じます。それは「民衆の騒ぎ」や「その後スゴイモノが出てしまった」といった「結果」をしっかり描いているからに他ありません。
物語の盛り上がりは、「実際にそういった物語(の流れ)であったか」という点と同じくらい「起きたことをしっかり描写したか」という点が重要である、ということを、改めて気づくことが出来ました。
この文章に対して皆さんは…
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 【長文につき、一部非表示とさせていただいております。全文表示はこちらをクリック】


前回コスモスフィアについて送ったのはちょっと趣旨から外れてたっぽいですね。内容変わってますが送り直しです。
とにかく私、コスモスフィアが大好きです。叫びたいくらい好きです。と言うか、叫びます。
ヒロインよりむしろコスモスフィアを愛していると言っても過言ではない感じです。
あ、魔大陸とインフェルスフィアも大好きですよ。初プレイ時、片方の魔大陸が終わるなり分岐前をロードしてもう片方やったくらいには。
精神世界という設定からして素晴らしい。いやあ、私が単に、可愛い女の子のドロドロしたトラウマとか大好物なのもあるんですが、一般論として隠してきた心情を吐露するシーンとかは、やっぱり印象的なこと多いと思うんですよね。
それもコスモスフィアなら、言葉を介さず寓話として聞くように追体験するようにそれを感じることが出来る。インパクトありますパネエっす。
そして独特の雰囲気を作り出すBGM。現実にあらず、また幻にもあらず、絶妙な浮遊感が素晴らしい。特に深層に踏み込んだ時の、一気に気違いじみてくる(注:最上級の誉め言葉です)感じ! 私をサウンドテスト中毒にするには十分でした。
何が言いたいかって、これは全てコスモスフィアのテキストやシナリオにも言える話で、BGMへの形容詞がストーリーにもそのままマッチしてるように思うのですハイ。深層の容赦無さとか。
ヒロインにとってそこは、足掻けども足掻けども絶望の世界。危険です。破局です。綺麗事では付き合いきれない領域。しかし単なる悲劇ではなく、救いがあるから美しい。
絶望の中に差し込む一条の光、即ち救い、それが主人公。コスモスフィア内での危険も苦労も、それはヒロインの抱える負の部分の裏返し、もう大丈夫だよとフィンネルLv8のアオトのように抱きしめたくなるぁァアアアアアア!
すいません、熱いパトスがほとばしり過ぎました。
ただ、
Ⅲのコスモスフィアはちょっと……という感じでした
部分部分は良いと思ったところもあるんですが、全体的に見ると、いまいちかなあ、と思ったところが多作品より多かった感じです。
オリジンは毎回アレなんで別として、Ⅰ,Ⅱに比べると階層ごとのテーマが最後の方でぽっと出なのがあったりとか、他の人格(Ⅰ,Ⅱの時は他の人格と言っても他の階層から来ただけ、結局ヒロイン本人なわけですが、今回は別人ですし……)が混じったことで、ヒロインの心から焦点がボヤけてしまった事もあったのではないかなあと。Ⅱまではコスモスフィアにおいて、いかなる登場人物であっても、インフェルみたいな特例を除けばヒロインの心の一つの断片であるワケで、それが無くなってしまっただけでも何か違うかなあ、と。いや、描写を多人格に裂く分ヒロインのみを追い切れなくなったというのもあると思いますが。メタ的な視点を持つ登場人物が増えてしまったというのも残念かも知れませんね。それも、心の護よりストーリーに深く絡む場合が多いですから。
あと、これはⅡが特に顕著でしたが、コスモスフィアの登場人物たる詩魔法達の行動・性格が攻撃手段として反映されているのは、「紡ぎ出した!」という達成感を感じさせました。システム上しょうがなかったんでしょうけど、ヒューマはどうにもその辺りが見えにくかったかなあと。
最後に、
具体的なシーンを、との事でしたので、一番良いと思ったのと、一番「ええ〜」と思ったのを挙げさせていただきます。コスモスフィアの中でも一番いい出来だと思ったのはルカのLv5ですね。
オープニングの枠を脱した演出もさることながら、そこからの一連の流れ、ルカの自己分析、恐るべきデザインのケーキ、コントローラ握りながら、本気で命の危機を感じましたよ! 「ここに居てはいけない!」という感じの! それでこそコスモスフィア!
(少々脱線しますが、コスモスフィアの世界すなわち夢で殺す、のではなく現実に手を伸ばすやり方であった辺り、えげつなさがあって秀逸だったと思います)
逆はサキのLv3です。サラパトゥールが自ら悪役演じていたのは、何て言うか「コスモスフィアってそうじゃないだろ!?」みたいな感じが……いや個人的な感想ではありますけど。サラパトゥールがそこら辺暴露したところで「ええ〜」って感じでした。
まあ、サキがああいう性格ですから、何かしら外的要因によって『仕組まれて』いないと、心の歪みから成長の場を作り出すことが難しい、というのもあったのかもですが(逆に真っ直ぐすぎるのが問題にされた階層ですからね)。
でもやっぱり……コスモスフィアは未完了の蓄積される場であり、主人公がそれを孤軍奮闘、手探りで突き崩していく物だというイメージが強かったんで拒絶反応を示してしまったのかも知れません。普通なら悪役は、そのヒロインのトラウマとなっている何か、の筈ですし(ミシャ→レアードのような)。
これに限らずサキ編は他人格の活躍具合も含めて、コスモスフィアと言うより、サキがどうするかという点を中心にした単なるサイドストーリーのようになってしまった印象が……

(にょぉぉぉぉっ!)
同意です 104票
一部同意です 46票
異なる意見を持っています 24票
 
殆どの方が同意という結果となりました。
コスモスフィアは、1から3まで、それぞれ別の悩みを持ちつつ生まれてきました。今回はそのお話しを少しだけしましょう。
 
アルトネリコ1のコスモスフィアは、本当に「最初」であるという事もあり、実際に脚本を書き始めるまで、どんなものになるのか自分でも想像が着かなかったというのが正直なところでした。
他のゲームや作品でも前例は有りませんでしたし、そもそも現在のような「階層構造を持つアドベンチャー形式のシステム」が確立する前は、すごろくのような感じで詩魔法を取得していくだけのものであったり、深いヤリコミダンジョンで、所々の宝箱に詩魔法が入っているといったものであったり、様々な可能性がありました。
最終的に今の形を選択したのは「心」を表現するのに、現状の形が最も適していると判断した為です。「深いダンジョン」も、心の中を表現するには適しているかもしれませんが、私的にはより「記憶」や「夢」といったストーリー的なものを濃く表現したかったのです。
そんな思いからアドベンチャー形式にしたわけですから、アルトネリコ1では当然それを徹底しようと追求しました。ですが、初回ということもあり、スタッフ全員、加減が完全に手探りであったため、かなり保守に回った形となりました。
 
その「たが」を完全に外したのがアルトネリコ2でした。2では1でやり切れなかった「心の中の生々しさ」を、限界まで突き詰めました。心の中なのだから表現の妥協は一切しない、という事で初稿を制作し、発売できないという理由以外に表現を妥協した点はありません。
 
3もまた基本的には同様のコンセプトで制作していますが、1つだけ決定的に違った点は「3では主人公がヒロインをリードするような形にしたい」という点でした。
1,2に関しては、殆どのケースにおいて、ヒロインの我が儘や過去を主人公が「受け入れる」ことに注力しましたが、3では「主人公がヒロインを引っ張っていく」コスモスフィアにしたいと考えた為です。
また、2のコスモスフィアでショックを受けた方も多く、それ故に3では「エンタテインメント性重視」という路線変更も有ったかと思います。
これは平たく言えば、2に対する「2次元にまでドロドロは求めない、綺麗なままがいい」という御意見を元に組み上げた方向性でありますが、実際のところ、個人個人の御意見はどちらも多く存在しているのだろうとは思います。
そこで、2では「生々しさ」をコンセプトで制作しましたから、3では「綺麗なヒロイン」をコンセプトとして制作してみたという感じです。
 
実際の所、皆さんがゲームに求めているのはどちらですか? もしよろしければお聞かせ下さい。
皆さんの求めるヒロインとは…?
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アルトネリコだからこそ生々
   144(86%)
2次元であっても、生々しい
   17(10%)
2次元だからこそ、綺麗なヒ
   7(4%)
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長文となってしまい申し訳ありません。
是非、皆さんの御意見をお聞かせいただければ幸いです。
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