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この議題からは、皆さんの貴重な御意見を沢山戴くことがで来ました。沢山の熱意ある発言を、本当にありがとうございます! 皆さんの御意見の中でも、特に気になったもの、参考になった御意見について、ピックアップしてみたいと思います。
御意見の中で、大勢の方から戴いているものを大分すると、「物語が軽い、民衆との一体感が無く、壮大な感じがしない、ココナの応援イベントに感情移入出来ない」という件、「最終章である3だからこそ不満がある」という件、「モデルモーションと演出が弱い」という件、「ヒュムノスと物語の関連性が弱くなった」という件、「主人公が凡人になってしまった」という件、そして「惑星再生が唐突すぎ」という件などがありました。
▼物語が軽い、民衆との一体感が無い
アルトネリコ3は、前作の2と全く正反対のコンセプトで制作を進めておりました。それは具体的には、2では「世界」にスポットを当てた作品として、そして3では「主人公とヒロイン」にスポットを当てた作品として、です。
アルトネリコ3制作時の反省点として、「世界事象に比重を置くこと、家族というコンセプトを徹底すること」という方向に注力する余り、シリーズコンセプトである「主人公とヒロインの絆」がかなり薄味になってしまっていた、というものがありました。
2では「主人公とヒロインの絆」を期待していただいていたファンの皆様の期待を裏切る結果となってしまった為、3では「原点回帰」ということで、アルトネリコ1と同じく、主人公とヒロインの絆というコンセプトを突き詰める形で進行したわけです。
恐らく今回の一番のポイントは、どなたかの御意見にも有りましたが、「主人公とヒロインの絆」に戻したことというよりも、「物語でやりたいこと」と「コンセプトとしてやりたいこと」が衝突していた為ではないかと考えております。
「物語でやりたいこと」は「世界再生」という、人類全てを巻き込む壮大なものであり、「コンセプトとしてやりたいこと」は「主人公とヒロインの絆」という、最も身近で小さな単位を深く掘り下げるものであったわけです。
2は前者で統一されていたため、1のつもりでプレイした方は違和感があったのだろうと思いますし、3は更にその2から、半分だけ1に戻してしまったが為に、更に不完全燃焼な方を増やしてしまったのだろうとも考えております。
この点は皆さんからの御意見からの気づきでした。ありがとうございます。
▼最終章である3だからこそ不満
こちらも多かった回答です。3作目でかつ最終章という事もあり、惑星再生を目指すからには2よりも壮大な物語を期待され、それによってこの結論に至っているのだろうと思います。1つ上の回答の延長線上とも言えるでしょう。
▼モデルや演出が弱い、ヒュムノスと物語の関連が弱い
恐らく、演出面を指摘される方の多くが、ヒュムノスを謳うシーンに対する不満なのではないかと考えております。この件も、様々な要因が絡んでの不満があるのかと思いますが、シナリオ・脚本サイドとして気づける点としては「ヒュムノスの明確な提示」をしなかったことに起因すると考えます。
改めて思い返してみれば、アルトネリコ1では物語の節目として、2でもヒュムネクリスタルが物語の中核を担っていたわけですが、3では「事件の中にヒュムノスが有る」という感覚があるのは否めません。
この御意見から、皆さんがいかに「目的を持ってヒュムノスを集め、そして苦労して手に入れたヒュムノスを満を持して謳うこと」を楽しみにしていたかを垣間見ることが出来ました。
確かにアルトネリコという作品は、
ヒュムノスの存在をまず知り、それについて「どんな詩なのかな」と期待を膨らませながらエピソード(途中シナリオ)を楽しみ、そして実際にそれが謳われ、今までの物語や冒険に思いを馳せながら気持ちを高揚させる…といった流れを楽しむところがあるのかもしれません。
少なくとも私は、今自分で想像しながら「確かにワクワクするな」と思っています。皆さんはどうでしょうか?
「3の演出が弱い」という御意見の裏側には、こういった核心的な要素が潜んでいるのかもしれません。皆さんとの対話によって色々な発見が有ることを、本当に嬉しく思います。