◇アルトネリコサミット2011【第6回】
「アルトネリコシリーズのシナリオ」についての回答の続き◇
 
みなさんこんにちは、土屋です。
本日、大変強い地震がありました。私は東京にいて、丁度この原稿を書いている 最中でしたが、様々なものが落下して来ましてかなり緊張しました。被災地の皆 様におかれましても、どうかご無事でありますように、心からお祈り申し上げま す。
今回のサミットですが、そういった状況もあり、2件のみの回答とさせていただ きました。今回は主にシナリオの表現についてのお話しが2件続いています。皆 さんの関心も高い部分かと思いますので、短くはありますが、是非ご覧頂ければ 幸いです。

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にツッコむわけではありませんが…
ライナーの『謳ってくれ』は絶対におかしくない!これだけは声を大にして言いたい!
一部ユーザーの間ではライナーのニブさ故のアホ台詞だと思われて、ネタにされたり反感を買われたりしていますが、あの台詞を言えるか否かがライナーとアオトの決定的な違いだと僕は思っています。第一、あれだけ一緒に苦しい旅をしてきて、ライナーがミシャを想っていないはずがない。
あの場面で真っ直ぐに謳ってほしいと言えたライナーはカッコ良かった!
あと、ミシャを想ってライナーの協力を拒んだジャックも最高でした!
あとは挙げるとキリがないので、これくらいにしておきます。
蛇足ですが…最近は中身がペラペラなゲームばかりでうんざりしているので、土屋Dにとても期待しています。
これからも頑張って下さい!
(透明少女)
同意です 89票
一部同意です 81票
異なる意見を持っています 10票
表の結果としては、「おかしくないに同意」と「一部同意」が殆どという形となりました。一部同意の方の意見はほぼ統一の見解となっており、総じて「説明不足」という御意見になっておりました。
アルトネリコ1では特に、表現不足の点が多々見受けられる事が大きな反省点の1つです。御意見を見ましても「ライナーの判断自体は良い」という方が殆どである事からも、葛藤を描く事が重要であったと考えております。
この時のライナーの想いは、アルトネリコ1発売後のコラムで一度お話ししておりますが、その悩みをゲーム内でしっかり表現すればまた結果も変わっていただろうと思います。
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ィンネルさんのコスモスフィアイベントで少々下品(下ネタ?)的な表現、具体的な事で言うならば、確か階層5の(幻含む)所だったと思うんですが、彼女がトイレに軟禁されているシーンで匂いが堂とか、トイレが詰まって流れきれていないとか、そういう表現(いくら彼女の防衛機構がそれを望んでいるからといえども、流石にやり過ぎというか彼女が可哀想、人格を無視している気がします)。
それと彼女の過去が明かされる階層8での虐めのシーン(彼女が過去、どんな仕打ちに会い、何故このように成ったかが解る重要なシーンなんですが、少しやり過ぎっていうか、道徳的にどうかって思います。確かにこのシーンで彼女に対する印象が物凄く変わりましたし、好感度もかなり上がりました。また、彼女のバックボーンに触れることにより彼女の魅力を引き出すことや、好感度を上げる事、クラスタニアの暗部やアタタネ クレハの目的の為には手段を択ばない残忍さを表現するにはもってこいの演出(多分、サキさんと対になるようにしたんでしょうが…)でしょうが、セリフ回しだけとはいえ耳を覆いたく成るような表現や、ここまで進めたプレイヤーを他のヒロインで攻略しようとしている人には結構キツイ物が有ります)がそれです。もう少し2のクローシェ(レイカ)さんやジャクリ(ミュール)さんの時の様に少しでもソフトな表現にしてほしかったです。
(sasurainohito)
異なる意見を持っています 111票
一部同意です 56票
同意です 20票
異なる意見を持っている方が三分の二程度、一部同意が三分の一程度という結果となりました。
コスモスフィアの描写に関しては、アルトネリコ1の頃から何度も議論されている部分でもあります。そして、私自身もアルトネリコ1の頃から悩み続けながら制作を続けている部分です。
コスモスフィアは、最初にこの表現とシステムを考案したとき、「心の中を表現するのだから、最低限自分の中では正直でありたい」という事を考えておりました。
もちろん、私一人で考え得る可能性などは知れておりますが、少なくともその中での全力で勝負したいと考えておりました。
人の心というものは複雑で多彩で、必ず誰もが他人には理解しがたい、隠しておきたい感情や過去を持っているものです。このコスモスフィアという概念を描くとき、そういった「普段は絶対人に見せない部分」も妥協せず正直に描くことを決めていました。
そしてヒロインを掘り下げていくとき、必ず「ここまで描いて良いのだろうか」という悩みにぶち当たっています。特に、人の内面を語るのに欠かせない性的な問題や暴力的な描写については、1の頃からどう表現していくかで試行錯誤していました。
その結果として毎回出る結論は、どんなものであってもそのヒロインについて表現したいと考えているものを曲げない、というものでした。
ただ、もちろん暴力的な描写などは過激になると、人によってはかなり不快感を感じる事もありますので、その辺りは根本を変えずに表現をソフトにする、または精神世界ということで、象徴的な表現に変換するといったことを行っています。
アルトネリコ3では、特にフィンネルについてはご指摘の2点(トイレといじめ)に関しては、私自身も書きながら相当に悩んだところでありました。何度も止めようかと考えましたが、ただ純粋に、フィンネルというキャラクターを正直な形で表現したい、その上でファンの皆さんに可愛がって欲しいという思いで、採用しています。
アルトネリコでは、1から通じて「ヒロインの良いところもダメなところも全部ひっくるめて受け入れて欲しい」、そしてその上で好きになって欲しい、という想いがあります。それは、主人公に対してもそうですが、ファンの皆さんに対しても同じです。
フィンネルに関しては、もう少し周囲のスタッフなどから意見をもらい、表現を変えるかどうか検討する必要があったと考えています。ただ、アルトネリコ全体を通して、この「正直な描写」を貫き通したことは、自分の中ではシリーズ全体の個性、他の作品にはない魅力を創り出すのに一役買っているのではないかと考えております。
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