◇アルトネリコサミット2011【最終回】「何でもあり」の回答の続き◇
こんにちは、土屋です。
かなり暑くなってきましたね。今年はかなり早く梅雨が終わってしまい、毎日夕 立もあり夏本番といった感じになってしまいました。皆さんも本当に、体力を付 けて、体調にだけはご注意下さいね。
さて、今回はサミット最終回となります。前々回の「何でもあり」に対する質問、 残り2つについて、回答させていただきました。
今回の質問は「ヒュムノス楽曲」「パージのコントローラ振り」の2つですが、 両方とも皆さんの普段以上の御意見の多さに、関心の高さを感じました。
今回でサミットは終了となります。
半年以上にわたり、様々な御意見をファンの皆さんと交換してきまして、改めて 注力点に気づいたり、また、意外な御意見に参考になったりと、本当に充実した 半年だったと思います。ゲーム制作に関する裏話なども交えてコメントしてきま したが、皆さんにとってもお楽しみ頂けたでしょうか?
さて、次回からはどうしようか…? と悩んでいるところではあります。
このコーナー始まって以来の形になりますが、次回のこのコーナーが何になるか は、次回までのお楽しみという事にしましょう。
それでは皆さん、また次回!
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製
作スケジュールの関係もあると思いますが、
ヒュムノスを謳う歌い手は3人程度で良い
と思います。
あまり歌い手が多すぎると歌い手同士の、詩に込める世界観が微妙にずれたり、2のハイバネーション〜メタファリカのような一体感は生まれないと思います。
言い残したこと何でもとのことなので、質問なんですが、そろそろ1の楽譜などを販売しては如何でしょうか?転売屋が酷すぎて手が出せません。
(リップル)
い
つも楽しく拝見しています。
次回がサミット最終回ということで言い残したことがあれば何でもどうぞということだったのでメールさせていただきます。
3の歌姫方についてですが、ヒロイン一人に対し、一人の歌姫が担当するというのは前作までと同じで特に抵抗なく受け入れられました。ですが、他のヒュムノスについては少々考えるところがあります。
謳ってくださった歌姫方を批判するつもりはさらさらありませんが、3は前作までと比べて歌姫の数が多すぎた感があります。演出のために必要だったことだとは思いますが、
ヒュムノスとしてのまとまりというか、重要性が薄れた感じ
がしてなりません。一部の曲にはソングオブヒュムノスといいつつ、ヒュムノスが全く使われていない楽曲もありますし…。
それに1、2のように歌姫が揃って謳うということもなくなったのは残念です。
1、2のEDの演出が素晴らしかった分、ちょっと拍子抜けしてしまいました。3のEDも1、2のOPが入るという演出に関しては感動しましたが…。
なんだかよくわからない上にまとまりの無い文章で申し訳ないです…;
サミットお疲れさまでした。
非常に楽しく、そして興味深く拝見させていただきました。
これからも応援しています。
それでは。
(みっち)
人数ではなく楽曲の方向性の問題と感じた 111票
特に問題を感じなかった 31票
謳い手が多いのが問題と感じた 9票
コメントの多さや内容からも、皆さんの詩曲に対する関心や熱意が伝わってきます。殆どの方が「楽曲の方向性の問題」という御意見であり、「謳い手が多いのが問題」という回答が最も少ないのはとても参考になります。
特にコメントで多かったのが、3は1,2に比べて「まとまりが無い」「壮大さに欠ける」「ヒュムノス語を使っていない」「合唱がない」などといったものでした。
総じて言えば、アルトネリコの根源である「世界の中で存在する詩を謳う」という部分について、3ではしっかり表現できていなかったのかとも思います。
ヴィジュアル的な面では以前、演出テーマの際に一度お話ししていますので、今回は「世界観やヒロイン達の心情との繋がり」について、考えてみたいと思います。
今私が振り返って見たときに1つ思うことは、アルトネリコ1,2に関しては、その詩にまつわる「世界観としての機能」と、ヒロインがその詩を謳う事に対する想い、葛藤、そして謳うまでの工程(知る→クリスタルを見つける→ダウンロード→謳う)を描写していたが、3ではそれが一部ヒュムノスにとどまった、という事です。
特に2では、詩の効果そのものに、キャラクターの葛藤を起こさせるような設定を入れたり、そのヒュムノス1つをテーマとして徹底的に議論させたりという事を行いましたが、それが結果として、詩とヒロインを繋ぐ大事な要素となっていたように思います。
少なくとも、その「詩」を自分が謳う事を自分で悩み、選択し、そしてその詩を実現するために沢山の人に協力を得たり、試練を乗り越えたりといった必死な想いがあり、初めて詩の重さが出るのだろうと思う次第です。
い
つも楽しくプレイしています。
3の戦闘についてなんですが、何故パージする時にコントローラーを振る方式にしたのですか?通常戦闘はまだいいのですが、レベル上げをする時などに腕が疲れてやる気がそがれてしまいます。
私だけなのかもしれませんが、普通にボタン操作でよかったと思います…。
(アメリア)
同意です 65票
一部同意です 41票
違う意見を持っています 28票
この回答は、私としてはかなり驚きをもって受けとめました。
ネットの評判で「振っても反応しない」という書込も拝見しておりましたし、上手くパージできないという御意見もありましたので、人によっては上手く行かない人もいるのか、と思っていたのですが、かなり大勢の方がそう感じていたという事がわかった為です。
私自身はかなりノリノリで振っていましたので、それも大きかったのだと思います。
パージの時に振るような仕様にしたのは、「燃える戦闘を更に燃えられるように」という想いがありました。戦闘はRPGの中では一番エキサイティングで、緊張もし、爽快感も得られるシステムです。その中で、「ここだ!」という時に身体でそれを表現できる場が有れば、更にそのノリが加速するだろうという事で、パージの時にコントローラを振るという形を採用しました。
アルトネリコ3において、パージは戦闘中で「詩魔法発動」に次いで、今だ!という感じで「力が入る」場所であると考えております。故に、それを身体全体で「えいっ!」と出来たら、より楽しいのではないか、という事からの発案です。
ただやはり、皆さんの御意見を拝見いたしますと、ゲーム中に身体を動かすこと自体が困難であるという御意見が多く、また、別のスタッフに意見を聞いたところ「片手でやりたい」「寝そべってゲームをするので」という返答もありました。
コントローラなどのインターフェイスの企画を発案する際には、ゲームのプレイスタイルの分析や情報収集をする必要がある、ということを、今回の件で痛感した次第です。